Takafumi Horiuchi

人とロボットのインタラクション・デザインに関する修士論文

概要

人が操作する大型ロボットでは、作業対象へ近づく動きと、見落とした障害物へ向かう動きを、周囲のセンサだけで区別するのが難しい。そこで、操作者が見ている範囲を「触れてよい」という意思の手がかりに使い、見ていない対象へ近づくとアームを減速・停止させる衝突回避システムを設計した。

対象をあらかじめ「操作可能」「保護対象」に登録する必要はない。その区別は、作業中の操作者の視線に応じて更新される。身長1.9mの人型重機ロボットに実装し、5回のデモ試行で、定義した振る舞いが成立することを確認した。実際の動作はデモ映像で見られる。

ミラノ工科大学 Design & Engineering の修士論文として、株式会社人機一体での研究インターンシップ中に取り組み、第39回日本ロボット学会学術講演会(RSJ2021)で発表した。


  1. タイトルスライド。Awareness-Based Collision Prevention for Human-Controlled Robotic Manipulation、ミラノ工科大学 Design & Engineering 修士課程、2020–2021年度。
  2. 背景。論文テーマは、人型重機を開発し master-slave 方式で操作する企業、株式会社人機一体での研究インターンシップ中に決まった。
  3. 自律ロボットと人間操作ロボットの比較。前者は柵の内側の設計された空間で効率よく働き、後者は不確実な空間で人とともに働く。
  4. 欧州・米国・日本の統計。動いている物体との接触が、建設現場の事故のうち相当な割合を占めることを示している。
  5. 衝突回避に関する先行研究。マニピュレータを覆う感覚皮膚と、周囲を仮想的に再現する深度センサ。
  6. 現在の課題。既存のシステムは、装着タグ・画像解析・学習した識別器によって、対象を「保護」か「操作可能」かに事前定義することを求める。
  7. 提案。従来のシステムは受動的なセンサ情報しか使わないが、人間操作ロボットにはもともと制御ループの中に人がいて、その視線を能動的なパラメータとして使える。
  8. 分類の規則。操作者の中心視野の内側にある対象は操作可能、外側にある対象は保護対象となる。
  9. プロトタイプの全体像。実機のロボットと仮想の計算空間を組み合わせ、三つの技術要素が続く。
  10. 要素①。中心視野を60°×55°の錐体として表現し、その向きをVRヘッドセットの正面方向で近似する。
  11. 要素②。ロボットの頭部に載せたLIDARが周囲を点群としてスキャンし、それぞれがコライダーを持つボクセルとして表現される。
  12. 要素③。ロボットのデジタルツインが実機と同じく動き、そのアームが視野の外にあるボクセルに触れたとき近接警告が出る。
  13. 概念実証のデモ。ポールの上のボールに手を伸ばすロボットの映像の静止画と、仮想空間のボクセル表示。
  14. 今後の課題。作業空間内の人の検出、視線方向を測る他の手法の検証、そして実地での定量評価。
  15. 結論のまとめ。研究テーマ、手法の価値、新規性、そしてシステムをどう検証したか。

課題 —— 安全のための事前設定が、現場を縛る

人間操作ロボットが必要とされるのは、自律ロボット向けに整備されていない場所である。建設現場や災害現場のように、人や設備の配置が変わり、何に触れてよいかも作業ごとに変わる。機械の大きな力を使うには、意図しない接触を防ぎながら、必要な対象には触れられなければならない。

既存の衝突回避には、ロボットを近接センサで覆う方法や、深度センサで周囲を仮想空間に再現する方法がある。ただし、どちらも対象を「操作可能」か「保護対象」かに事前分類する必要がある。何も登録しなければ安全のために何にも触れられず、すべて登録するには現場ごとの設定と較正が要る。この準備負担が、場所を移動して使うロボットの実用性を下げていた。

着想 —— 視線を「触れてよい条件」に変える

人間操作ロボットの制御ループには、すでに状況を判断する人がいる。人がどこへ注意を向けているかを機械へ渡せれば、対象を事前登録する代わりに、接触の意図を作業中に推定できるのではないかと考えた。

そこで、操作者の中心視野を境界として使う。視野の内側にある対象は、操作者が把握している「操作可能な対象」とする。外側にある対象は、見落としている可能性のある「保護対象」とする。人は視線の位置にかかわらず、常に保護対象とする。

これは視線でロボットへ命令を送る仕組みではない。操作者の認知状態を、ロボットが動いてよい条件へ変換する仕組みである。

上から見た図。ロボットの前方に、操作者の中心視野が錐体として描かれている。錐体の内側にある対象Aは白い丸、外側にある対象B・C・Dは濃い四角で示され、二人の人物が錐体の内と外に立っている。
操作者の中心視野の内側にある対象Aは操作可能、外側にある対象B・C・Dは保護対象となる。人はどこに立っていても保護される。

インタラクションの設計

システムは、視線の位置を単純なオン・オフのスイッチにはしない。見ていない対象へ近づくと、アームは距離に応じて徐々に減速し、接触する前に止まる。停止後に操作者が対象へ視線を向けると、制限も徐々に解除される。突然止まる、突然動き出すという挙動を避け、操作者が変化を予測できるようにした。

一方、すでに触れている対象から一時的に目を離しても、進行中の作業は止めない。視線を外しただけで把持や操作が中断されると、かえって不安定になるためである。人への接近だけは別扱いとし、操作者が見ていてもいなくても制限する。

狙ったのは、安全のために作業を一律に遅くすることではない。操作者が把握している範囲ではロボットの能力を保ち、注意が届いていない範囲だけを保護することで、安全と作業性を両立させることである。

自由動作の状態から始まるフローチャート。対象が近くにあるか、それが人か、マニピュレータが人へ近づく方向にあるか、対象が注視領域にあるかで分岐し、精密動作、段階的な停止、あるいはロックへと至る。
判断の過程で操作者の能動的パラメータを読むノードは「対象が注視領域にあるか」の一つだけである。他の分岐はすべて受動的なセンサ情報で動く。

想定した利用場面

対象にしたのは、建設現場や災害現場のように、人の近くで大きな力を扱う場面である。こうした場所では、周囲を完全に柵で分けることも、あらゆる対象を事前に登録することも難しい。配置が変わるたびに安全設定をやり直す仕組みでは、緊急性や汎用性が失われる。

視線に基づく区別は、固定された環境モデルの代わりに、その瞬間の人の状況認識を利用する。現場準備の負担を減らしながら、見落とした対象への接近を抑える可能性がある。ただし、この研究で確認したのはシステムが定義どおりに動くことまでであり、事故低減の効果は実地評価していない。

プロトタイプと予備評価

実装

システムは、人の上半身に似た形を持つ、身長1.9m、重量600kg、30自由度のロボットに実装した。操作者はVRヘッドセットを装着し、ロボットの視界と頭の向きを自分の動きに同期させて操作する。

ロボット上のLIDARで作業空間を点群として取得し、仮想空間では衝突判定を持つボクセルとして表現した。その空間を実機と同期するデジタルツインが動く。操作者の中心視野は60°×55°の錐体として表し、ヘッドセットの正面方向で向きを近似した。アームが視野外のボクセルへ近づくと警告を実機へ送り、減速・停止させる。

仮想空間の情景。黄色いボクセルが周囲を再構成し、「操作者の中心視野」と記された半透明の赤い領域がその中を貫き、白いデジタルツインのロボットが、その領域の外にある障害物に手を伸ばしている。
ロボットとスキャンした点群を収めた仮想空間。ここではロボットが、操作者の中心視野の外にある障害物に触れている。

予備評価

操作者が対象から視線を外した状態でアームを近づけ、停止後に対象へ視線を戻して制限を解除し、最後にボールを掴む一連の操作を試した。5回の試行のうち4回は熟練した操作者、1回は搭乗2回目の操作者が担当した。すべての試行で、視線外では停止し、視線を向けると操作を継続できた。これは有効性を測るユーザー実験ではなく、設計した振る舞いが実機上で成立するかを確認する予備評価である。

ロボットの写真。その上方のフレームに操作者が搭乗し、脇を向いている。ロボットハンドは黄色いポールの上の青と黄のボールの手前で止まり、残った距離が示されている。
操作者の視線が外れており、アームは対象から距離を置いて停止する。
下からの角度の写真。操作者がボールのほうを見ており、ロボットハンドが黄色いポールの上の青と黄のボールを掴んでいる。
視線が対象に向いていれば、同じ動作が制限なく進む。

限界と次の検証

プロトタイプには人の検出を実装していない。人は視線にかかわらず常に保護するという規則を置いたが、実環境では人を確実に識別する機構が必要になる。また、視線そのものではなく、ヘッドセットの正面方向を代理値として用いたため、目だけを動かした場合は捉えられない。

据え置きカメラや視線計測付きスマートグラスを使えば、装着機器や推定精度の条件は変わる。移動ロボットへ展開する場合は、ロボット自身の位置変化に追従できる点群処理も必要になる。

評価は5回のデモ試行による定性的な確認にとどまる。安全性、作業速度、操作者の負担を判断するには、実際の作業条件で、従来方式との定量比較が必要である。

この研究から得た視点

この研究では、人の視線を入力装置として使うのではなく、機械の行動を許可する条件として扱った。人がいま何を把握しているかによって、同じ対象に対するロボットの振る舞いが変わる。デザインしたのは個別の動作ではなく、人の認知状態と機械の権限の関係である。

この考え方は、現在の私のデザイン哲学にもつながっている。人の状態を理解し、それをシステムが守るべき制約へ変換し、その内側で機械やAIが能力を発揮する。修士研究は、その出発点になった。

謝辞

本研究は、ミラノ工科大学 Design & Engineering の修士課程の一部として、株式会社人機一体でのインターンシップ期間中に行われた。この機会を実現してくださった両組織に深く感謝する。

堀内 貴文、金岡 克弥「Gaze-based Unintended Contact Prevention for Human-Operated Robots」第39回日本ロボット学会学術講演会、2021年、2J2-07。大会プログラム