Takafumi Horiuchi

ピアノ・アクションの運動解析

概要

グランドピアノの内部では、鍵盤を押す動きが複数のリンク機構を介して連鎖的に伝わり、最終的にハンマーが跳ね上がり、弦の振動に変換される。この鍵盤が押された時にハンマーを動かして弦を打てるようにしているテコのシステムを「ピアノ・アクション」と呼ぶ。このプロジェクトでは、このピアノ・アクションをSolidWorks(※)上に3Dモデルとして再構成し、鍵盤への入力がハンマーの速度と弦の反力へどのように変換されるかをモーション解析した。

解析にあたり、参考画像をもとにピアノ鍵盤の機構を一から3Dモデリングし、そのモデルを使用して二つの運動解析を実施した。一つは押下される鍵盤と跳ね上がるハンマーの速度の関係、もう一つは鍵盤に加える力と弦に加わる力の関係である。3Dモデルで実施したシミュレーションの値を、寸法と支点位置の計算から導いた理論値と照合し、モデルの中で運動と力がどのように伝達されるかを確かめた。

※ SolidWorks:3D CADシステム。設計段階で、部品の強度を調べる構造解析や動きを確認するモーション解析ができる。


  1. タイトルスライド。「Motion Analysis of the Piano Action」。
  2. グランドピアノ内部の写真。鍵盤の奥に並ぶアクション機構を紹介している。
  3. 鍵盤を押すとアクションの各部が連動する様子を示す3Dモデル。
  4. ピアノ・アクションの断面模型。鍵盤を押すとハンマーが上がり弦を打つことを示す。
  5. 断面資料の輪郭をトレースし、SolidWorksで部品を一からモデリングした工程。
  6. SolidWorks上で完成したピアノ・アクションの3Dアセンブリ。
  7. モデルの部品名と自由度の計算。拘束後の自由度が7であることを示す。
  8. 二つの解析テーマ。鍵盤とハンマーの線速度、および鍵盤入力と弦反力の関係。
  9. 解析1の観測点。鍵盤端の下向き速度とハンマーの上向き速度。
  10. ピアノ機構を三つの回転要素へ簡略化した図。
  11. 三つの回転要素の出力半径と入力半径の比から、鍵盤速度とハンマー速度の関係式を導く図。
  12. 鍵盤端へ1秒から2秒まで下向きに5ニュートンを加える解析条件。
  13. 鍵盤とハンマーの線速度グラフ。ピーク速度はそれぞれ毎秒1027ミリメートルと4284ミリメートル。
  14. 半径の実測値から求めたハンマー速度4614ミリメートル毎秒と、解析値4284ミリメートル毎秒の比較。
  15. 解析2の条件。鍵盤へ下向きに15ニュートンを加え、弦側の反力を観測する。
  16. 弦反力の最大値31ニュートンと、てこの原理による理論値31.1ニュートンの比較。
  17. ピアノ・アクションの力学モデルに関する参考文献一覧。

ピアノ・アクションを、解析できる3Dモデルへ

一打鍵を、打弦へ変える機構

ピアノ・アクションは、鍵盤の下向きの動きをハンマーの上向きの運動へ変える機構である。鍵盤を押すと、キャプスタン、ウィペン、ジャック、レペティションレバーなどが連動し、ハンマーが持ち上がって弦を打つ。演奏者から見える動作は一つの打鍵だが、その内側では複数の部品が異なる支点のまわりを回転し、互いに接触しながら動きを受け渡している。

3Dモデリングにおいては、鍵盤、ハンマー、ジャック、ウィペン、レペティションレバー、キャプスタン、ダンパー、ダンパーレバー、ワイヤーと、それらを支えるフレームを含めた。運動を理解するには、完成形を眺めるだけでなく、どの部品がどこを支点に動き、次の部品のどこへ触れるかを定義する必要があった。

断面図から3Dモデルをつくる

既製のCADデータを使うのではなく、ピアノ・アクションの断面資料を下絵にして各部品の輪郭をトレースし、一点ずつ3Dモデルを作成した。次に部品をアセンブリとして組み、実際の機構に対応する固定関係と回転関係を設定した。この工程によって、形を見るためのモデルを、力を加えて動かせる解析モデルへ変えた。

SolidWorksの画面上で、参考となるピアノ・アクションの断面図を半透明の下絵にし、その輪郭に重ねて3Dモデルを作成している。左側にはWindowsのタスクバーと部品ツリーが表示されている。
参考となる断面図を半透明の下絵として背面に配置し、その輪郭をなぞりながらSolidWorksで3Dモデルを作成した。
Windows上で動作するSolidWorksの画面。左側にWindowsのタスクバーと部品ツリー、中央に作成したピアノ・アクションの3Dモデルが表示されている。
SolidWorks上で実際に作成したピアノ・アクションの3Dモデル。

拘束条件を、自由度として確認する

固定したフレームを除く可動部品は9点で、拘束がなければ合計54自由度を持つ。キャプスタンとワイヤーを別の部品へ固定すると12自由度が減り、残る7部品を回転ジョイントで拘束すると、さらに35自由度が減る。したがって、このCADアセンブリの自由度は次のように7となる。

54 − 12 − 35 = 7

SolidWorksの拘束診断でも、推定自由度と実自由度はいずれも7、冗長拘束は0と表示された。これは実物のピアノ・アクション全般の自由度を断定する値ではなく、このプロジェクトで設定した部品構成と拘束条件が意図どおり組まれていることの確認である。

各部品に名称を付けたピアノ・アクションのモデルと、自由度54から固定拘束12、回転拘束35を引いて7とする計算。
部品名と拘束条件。SolidWorks上の診断でも、モデルの自由度は7、冗長拘束は0となった。

二つの解析 —— 鍵盤入力がどう変換されるか

モデルの挙動は、二つの解析に分けて調べた。解析1は「鍵盤の動く速さが、ハンマーの速さへどう変換されるか」、解析2は「鍵盤へ加えた力が、弦側の反力としてどう現れるか」である。入力と出力を一組ずつ切り出すことで、複雑なリンク機構の挙動を、幾何学的な速度比と、てこの力のつり合いから説明できる形にした。

比較の基準には、機構を単純な回転要素へ置き換えた理論計算を用いた。理論値とシミュレーション値が近ければ、少なくともモデル内部の運動が、設定した寸法と拘束から期待される関係に沿っていると判断できる。

解析1では鍵盤とハンマーの線速度、解析2では鍵盤に加える力と弦の反力を対応させて調べることを示した二つの図。
二つの解析の入出力。解析1では鍵盤とハンマーの線速度を、解析2では鍵盤に加える力と弦の反力を比較する。

解析1 —— 鍵盤の速度は、ハンマーでどれだけ増幅されるか

速度の解析では、複雑なピアノ・アクションを、鍵盤、ウィペンを中心とする中間機構、ハンマーという三つの剛体が接触しながら動きを伝えるモデルへ単純化した。図中の①から③へ運動が順に受け渡されると捉えることで、多数の部品からなる機構を三段の回転運動として計算できる。

ピアノ・アクションを、①鍵盤、②ウィペンを中心とする中間機構、③ハンマーの三つの剛体として色分けした図。
解析のため、機構を①鍵盤、②中間機構、③ハンマーの三つの剛体に単純化した。

同じ剛体上では角速度が共通であり、支点からの距離をr、その点の線速度をvとすると、v = ωrとなる。接触点で速度が損失なく次の剛体へ伝わると仮定すれば、各段の「出力点までの半径 ÷ 入力点までの半径」を三段分掛け合わせ、鍵盤速度に乗じると、ハンマー速度を求められる。

vhammer = (r1′ r2′ r3′ / r1 r2 r3) vkey

三つの剛体について、各支点から入力点と出力点までの距離をr1、r1プライム、r2、r2プライム、r3、r3プライムとして示した図。
各剛体の支点から入力点・出力点までを半径として表す。「出力半径÷入力半径」を三段分掛け合わせて速度比を求める。

入力条件と観測結果

SolidWorks Motion Analysisで鍵盤端へ下向きに5 Nを加え、鍵盤端とハンマーの線速度を観測した。力を加え始めた直後のピーク速度は、鍵盤が1,027 mm/s、ハンマーが4,284 mm/sだった。シミュレーション上では、ハンマーが鍵盤の約4.17倍の速さで動いたことになる。

鍵盤とハンマーの速度を時間に対して示す二つのグラフ。入力開始直後のピークが1027ミリメートル毎秒と4284ミリメートル毎秒として示されている。
鍵盤とハンマーの線速度。どちらも入力開始直後に最大となり、ハンマー側で速度が増幅されている。
解析1のピーク速度
観測・計算対象速度
鍵盤(シミュレーション)1,027 mm/s
ハンマー(理論計算)4,614 mm/s
ハンマー(シミュレーション)4,284 mm/s

理論値との比較

モデルから測った半径は、r1 = 200 mm、r1′ = 88 mm、r2 = 53 mm、r2′ = 78 mm、r3 = 16 mm、r3′ = 111 mmである。これらを式へ代入すると、理想化した速度比は約4.49倍となり、鍵盤速度1,027 mm/sに対するハンマー速度は4,614 mm/sと予測される。

SolidWorksの3Dモデル上に、速度比の計算に使った六つの半径の実測値を示した図。
3Dモデル上で測った六つの半径。これらの値から、ハンマーの理論速度4,614 mm/sを算出した。

シミュレーション値4,284 mm/sは理論値より約7%低く、速度が増幅される大きさは近い値となった。理論計算では三つの理想化した剛体を用い、シミュレーションでは個々の部品を表現している。ただし、この差の原因は数値の比較だけでは特定できない。

解析2 —— 鍵盤の力は、弦側でどのように現れるか

二つ目の解析では、鍵盤表面へ下向きに15 Nを加え、打弦時に弦側へ現れる反力を観測した。鍵盤側の入力Fkeyは1.0秒から立ち上がって15 Nに達し、打弦の瞬間、弦側の反力Vstringには最大31 Nのピークが現れた。

時間に対する鍵盤への入力F keyの説明用グラフ。1秒から立ち上がり、15ニュートンを維持した後、0ニュートンへ戻る。
鍵盤側への入力 Fkey。1.0秒から力を加え、15 Nを入力した。
時間に対する弦側の反力V stringの説明用グラフ。打弦の瞬間に31ニュートンの鋭いピークが現れている。
弦側の反力 Vstring。打弦の瞬間に最大31 Nを記録した。

比較のため、鍵盤側とハンマー側の腕の長さを使った単純なてこのつり合い計算を行った。

Vstring = (15 × 195) / 94 = 31.1 N

入力点から支点までの距離を195 mm、弦側の作用点までを94 mmとして計算すると、比較値は31.1 Nになる。シミュレーションの最大値31 Nとの差は0.1 Nだった。ただし、この静的なつり合い計算を、打弦時の瞬間的な反力ピークへ適用できる条件は別に確認する必要がある。

鍵盤の支点から入力点までの距離195ミリメートルと、弦側の作用点までの距離94ミリメートルを示した、力のつり合いの図。
鍵盤側の入力15 Nと腕の長さによる、静的なてこのつり合いの比較計算。31.1 Nという比較値は、シミュレーションの最大値31 Nに近かった。

シミュレーションと理論値の照合

近い値となった二つの解析結果

鍵盤とハンマーの速度を比較した解析1では、ハンマー速度の理論値4,614 mm/sに対して、3Dシミュレーションでは4,284 mm/sとなった。鍵盤の入力と弦の反力を比較した解析2では、静的なてこのつり合いによる比較値31.1 Nに対して、シミュレーションの最大値は31 Nだった。二つの解析で、シミュレーションと計算による値が近いことを確認した。

差の解釈

理論計算では、ピアノ・アクションを三つの剛体からなる機構として単純化し、接触点で運動や力が損失なく伝わるものとして計算した。一方、3Dシミュレーションでは、機構を構成する部品を個別にモデル化した。ただし、残った差をエネルギー損失や材料変形に帰属するには、解析設定の確認が必要である。

結論

ハンマー速度と弦側反力の二つの比較で、シミュレーションは理論計算に近い値を示した。この範囲で、断面図から作成したモデルにおいて、設定した寸法と拘束から期待される運動と力の伝達を確認した。

このプロジェクトでは、形状を再現するだけでなく、断面資料から構造を読み取り、部品同士の関係をCAD上の拘束へ置き換え、解析する問いに応じて力学モデルへ単純化するまでを一つのモデリング過程として行った。